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2013年8月

2013年8月15日 (木)

ただいま→行ってきます

佐渡島から帰ってきました。

たくさん遊んで、たくさん食べて、たくさん呑んで二日酔いで帰ってきました。
懐かしい友人たちとも会えて、とても楽しい休日を過ごせました。
ちょっとだけ写真を載せます。

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国分寺という寺にある五重塔です、僕の部屋は4階にあります。

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真野御陵、島流しされた順徳上皇のお墓があります、宮内庁が管理しています。

そこにある おやげ売り場が好きなんです^^レトロでね。このお店は石屋さんですよ。

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これは能楽堂です、島流しに遭った世阿弥が能を佐渡に伝え、定着しました。

能楽堂はあちこちにあり未だに盛んです。

Kimg03612

佐渡の最北端に行きました。

佐渡の北側は火山性の地質で南側は地殻の隆起によって形成された地形になっています。

全く違った風景が楽しめます。この写真は佐渡の最北端の街、鷲崎に向かい途中で撮った写真です。

Kimg03652

鷲先という地名だけあって、鷲が飛んでいました。

その少し先に、二ツ亀という名勝地があります。

Kimg03732

予定には無かったのですが、急遽ここで海水浴をしました。

その足で同窓会に向かい、深夜まで酒を飲んで大騒ぎしていました。

その翌朝、車を運転し、一時的に我が家に帰ってきました。

関越道では、谷川岳SAで必ず もつ煮定食を食べます、

みそみそ美味しいです^^

普段は食いしん坊な僕も、休み期間中は大食いをしないので3㌔痩せちゃいました。


今日は明日に備えて寝ます。

休みの後半は静岡付近に出没する予定になっています。

2013年8月13日 (火)

佐渡金山

もう何回行ったことだろうか、佐渡金山。

なのに一度もゆっくり見て回ったためしがない。
いつも子供と一緒だからね、仕方がないですね。
この金山が発見されてのは西暦1601年、
いまから『ずっと前』という事になります^^
金を掘った坑道の総延長は400キロにもなるそうです。
その中には『狸穴』といわれる穴も沢山あり、山
は相当、密度の薄い状態になっています。
狸堀とは、ヒト一人がやっと入れるような
小さな穴です。
そこを、ごちんごちんと岩を割り進んで行ったんですね。

金山には、このような山道を通っていきます。
金山なので『山』で当然ですけどね^^

Imgp0214_3

この車は僕のでは無く、弟の車で、本田仲人と云う奴らしいです。

下には相川の街が見えます。

Imgp0213_2

あ、今回の撮影者は殆どがチビ君ですので

多少の不具合が有りましてもお許し下さい^^

この金山に続く道は『中山トンネル』というところを通っていきます。

トンネルの上は、その昔、キリシタンの処刑場でした。

ここらへんでは有名な『スポット』いなっています。

金山について、一目見て先ずビックリするのは、

山が真っ二つに割れている事です。

これは『道遊の割戸』と呼ばれています。

Imgp0272_2

山の裏側から撮りました。
この割れ具合(?)なかなかのもんでしょ?
『the欲』って感じですね。
この割れ目から採取された金は以外に少なく、
坑道からの採取量の方が遥かに上回っています。
まあ、ビジュアル面でのハッタリをブチかます目的で
割ったもんなのでしょう(?)

Imgp0268_2

金山の入口には不気味なオッサンが立っていました。

誰でしょう?流人の末裔でしょうか?

変態でしょうか?



坑道の中に入ると、空気が冷たかったです。

気温は13℃しかありません。

Imgp0226

写真では、13度以上の気温がある事しかわかりません^^+

そこを利用して酒造会社が、お酒を保存したりしています。

金山が発見された当初は採取量が上納量を遥に上回っています、

多分、『いーーーーひっひっひ』が多かったのでしょう。



金山は、昭和63年頃まで稼働していました。

400年以上続いた金山も、平成元年に枯渇し、閉山しました。

昭和の時代に入り、掘削の技術が向上し、一気に取り尽くしてしまいました。

今現在は、昭和48年まで経営者である三菱が観光資源として保全し、経営しています。



坑道の中は当時の人夫を模した人形があり、採掘の様子が

わかりやすく説明されています。

Imgp0233_2

Imgp0234

これは、アルキメデス・ポンプと言われるものです。

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中は螺旋状になっていて、水を組み上げるのに用いられました。

これをグルグル回すと、螺旋状の板の中を水が上がっていくんです。

坑道は海抜以下の深度まで掘り進められたため、

水は大きな課題だっとのことです。

鉱夫は15歳の子供も居たそうです。

作業人員確保のため、全国の無宿人を集めたという事実もありますが

今で言う全寮制で給料も、なかなか良く、比較的裕福な暮らしをしていたと

別の本で読みました。

だが、こういった環境上では結核でなくなる方が多かったようです。

近くには無宿人の墓もあり、昔行ったことがあります。

感慨深いですね。

因みに僕は有宿人です、辛うじて。

坑道には現代人も居ました。

Imgp0235

前記した狸穴です。

Imgp0248_2

坑道を出ると当時、掘削に使った道具が展示されています。

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当時の相川町の町並みを模した模型などがあり

興味が尽きないのですが、すべてをジックリ見てると

恐らく、いちにち掛かりそうです。


出坑道の出口付近には、お土産売り場がしっかりと設けられています。

ちびくんに『純金買ってくれ』とセガマレマシタガ、純銀で勘弁してもらいました。

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その張本人です。


そして金山の出口付近では、先ほど入口で見かけたオッサンが立っていました。

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恐らく、変態でしょう?

あ!晩御飯ができたって^^

ほんなあ、また。

2013年8月12日 (月)

続、古いアルバム

とある村の一角。

とある郡忖宅地(税法上の^^)

そこに佇むおぼっちゃま。

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MAZDAのスーパーカーの隣の子。

拙者です。

現在は、もう少し成長してます。

これ以前は僕は着物というか、ドテラを来ていたそうです。

ちゃんちゃんこの下に着ているのは、

青い、くまさんのセーターです。

これを脱ぐ時、静電気が走るのを嫌がって

この服を、あまり着たがりませんでした。


僕が産まれたのは母親の実家の納戸です。

昭和40年の9月11日(覚えやすいでしょ?)

台風11号の吹き荒れるなかで産まれました。

ヒースクリフの息子みたいですね^^


懐かしい町並み

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昭和40年前後の、わが町。




弟と僕。

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幼い頃は賢そうな顔をしていました。

今は とんまのまとん ですが。


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これは今日撮った写真。

二つ前の写真と、あまり変わりませんね^^

楽器屋さん、無さそうでしょ(#^.^#)



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小学校の入学式の当日、

友達の家の庭で撮った写真です。

これでも『戦後』です。

戦時中でも戦前でもありません。

口説い様ですが    戦後です。


おまけ、

うちの おかんです。

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ジョニー大倉さんに似ています(向かって右)

今日現在も似ています^^



25歳の頃の拙者。

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隣の『耳』は元の あれ です。

勝手に載せると ぶっ殺されるので

トリミングしました。


ああ、可笑しかった^^

さて、お昼寝しますね。

伍助

其れは実家の猫の名前。

アメショーとペルシャの間の子。
残念ながら拙者には懐いていない。
なんと、この子はマタタビが嫌いな猫だ。
なので拙者がマタタビを食べた。
というか、マタタビ酒にして呑んでいる。
御蔭で疲労回復も甚だしい。
精神安定の効能に置いては、血肉踊るが如しである。
有難う伍助、君のおかげだ。
有難う、マタタビアブラムシ。

ブログっぽいブログ

そうそう、たまには書てみたいと思っていた。

ブログっぽいブログ。
佐渡は史跡に溢れた島です(痒い)
子供を連れて歩いていると、海に山に足を運ぶ機会が多い。
能も見たいし、郷土博物館にも行きたいけど、
あの軍団は、それをうけいれない(痒い)
そこをなんとか言い聞かせて、普段では行かないところを廻ってきた。
のだが、写真がアップできん。なんだ?このエラー??
柄にもなく順徳、世阿弥、とか書こうとしたけど、
なんだか機会が『書くな』っちゅうとる。
(痒い)
折角、写真とってきたのんに・・
デジカメも新しいのん、こうたのんになあ~

まあいいわ。
ようわからんさけえ、やめるわ^^
ほな、おやすみ~^^
どうや?ブログっぽい?

2013年8月11日 (日)

今日のお昼ご飯

みなさま、ちんこにわ。 此処は僕が大好きな、お寿司屋さん。 ラーメンも絶品です。

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ラーメンと寿司のセット、 1600円なり。 宇宙で一番大好きなランチセットです。

2013年8月10日 (土)

わたし、、実家に帰らせて頂きます。

今日は早く寝る予定だったのになあ。

会合が終わり、帰社した時には、皆様お帰りになられていました。
拙者もチョックラ書類をまとめて早々に会社を立ち去り、急いで帰宅。
明日から実家の佐渡に行くことになっている。休みの後半は藤井さん、
いや、富士山に登るらしい。
「準備があるから早く替えるね。明日は早起きしようね^^」
そんな会話もあった。前日まで。
会社を出ようとした時は既に九時過ぎ、
予定よりも時間がかかってしまったことに少し反省。
その時鳴り響く一本の電話。
「?」
お休み前の、この時間に電話とは?
ま、ちょっくら出てみるか。
受話器を取って後悔した、電話の向こうの人物は半べそだ。
あの種の、あれだ。
「しばらく前に報酬額を振り込んだ、今確認してください。」
「申し訳ございません。確認の術がありましたら最善を尽くしているところですが、生憎経理担当も業務担当もは既に帰宅しており、今確認を取る方法がありません。お手元の振込伝票の宛先をご確認頂き、弊社の名前が記載されていましたら先ず手違いはございません。ご安心ください。週中には出勤予定の社員も居ますので早急に確認させ、ご連絡させるよう申し伝えておきます。」
「あんた、お盆に休むつもりか?」

心の声→此処では伏せておきます。
      ご夫婦で、かわるばんこ何度も何度も電話有難う。
      ははは^^

そんな訳。
わたし、、実家に帰らせて頂きます。
あ!寝なきゃ!!

2013年8月 8日 (木)

beth

僕が中1の頃

20600円の日立のラジカセを片手に
自転車に乗って友人の家に赴き
友人のお兄さんの留守を見計らって
お兄さんのステレオの前にラジカセを置いて
そして、録音したkissのアルバム。

aliveⅡ

あの頃の憧れが
今も色あせない。

2013年8月 4日 (日)

何年寝太郎?

今朝は寝坊しました、10時頃に起きてギターを弾いていました♡

僕のメインのguitarはデデキャスターで下衆^^
とってもよく鳴るギターなので弾いていて気持ちいいです。

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これはヴァンザントのTLV-R3(だたっけ?)と云う、

ド・レギュラーな奴ですが、結構鳴ってくれます。

所謂「当たり」だと信じることにしています^^

Kimg0320

そして、此方はK-NYUIのデデキャスター。

PGMの代取、乳井和彦さんが気まぐれに作るギターです。

これはレスポールJr.か?というような着心地でして、

音も「そんな感じ」です。

リアのPUはハムバッカーです、出力もあります。

フロントPUも太い音がするギターで下衆^^

塗装は、このメーカーにしては珍しくポリウレタン塗装です。

ギターの塗料はラッカーが人気ですが、

必ずしもラッカーが良いとは限りません。(と思います)

楽器に合ってりゃ良いんです^^

これはオークションで買ったギターです、

購入当初は前所有者の香水の匂いがキツかったです。


上記の2二つが拙者の最近のお気に入り。

でもたま~~にギブソン系(レスポール系)が懐かしくなります。

レスポールは先日、売り飛ばしの刑に処したのでギブソンは家にはありません。

でも、34年前に友人から借りっぱなしのゲス・ポールがあります。

これは15年くらい前に地元のライブハウスに出たときに使用して以来

全く出番がなく、クローゼットで眠っていました。

そのギターを引っ張り出して、磨いて、ガリを取り除き

何とか使用できる状態に調整しました。

人が住んでいない家はすぐにボロボロになります

人に弾かれていない楽器も全く同じで、ボロボロになっていました。

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金属部を研磨剤で磨きたいのですが買いに行くのが面倒なので辞めました。

これはフレッシャーの云うメーカーの安いギターです。

レスポールのバック材はマホガニーが使用されていますが

このギターにはセンが使用されています。

なので、モノホンのギブソンのような太い音はしません。

そこが使いやすいところです。

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これは、先日買ったばかりの奴ですが、

近々「島流しの刑」に処す予定です。。。

他に三本のギターがあります、ひとつは会社に置きっパ。

ひとつはアンプの後ろで待機(?)

残るひとつは子供の餌食になっています。

今日は、これから庭の手入れをして、

それからまた、このGUESSポールを弾こうかと思います。

近年「ジャパン・vintage」という言葉をよく耳にします。

僕のGUESSポールは、それに該当しないと思います。

正直、ろくなもんではありません^^

ただの「お気に入り」です♡

このギターが本日の「何年寝太郎?」の主人公でした。

ICE

SLOW LOVE から20年経ったか。

あれ?今年は2014年でしたっけ?

僕は誰でしたっけ??

もうギターリストの宮内さんも亡くなってしましましたね。
1994年の夏でした。
翌年、1995年の夏は、これを聴いていました。
二曲はどことなく似てますね。
田岡真由美さん、改めて見ると
いろっぺー ね^ちゃんでしたね♪げへへ
此方は宮内さんのguitarで下衆^^
夏はアイスだね。

Jimi Hendrix followe

ジミヘンフォローワーといえば今では

レイボーンが代表的存在だね。
一昔前は、ロビン・トローワーとか
フランク・マリノが有名だったね。
ソロを弾いている時の口の動きがヘンドリックスだったりして( ^ω^)
この動画は、かの名盤一枚マルマル収録されています。
アルバム一枚分全部聴くのがしんどい方は14分から聴いてみてきださい。
この人は「青い影」で有名なプロコルハルムというバンドのギターリストだった人です。
そしてフランク・マリノ。
マホガニー・ラッシュのギターリストです。
因みに僕は全く好みではありません(汗)
寧ろ山岸さん方がイイです。
ウルリッヒ・ロートもリッチー・ブラックモアもインギーもフォロワーですが、
なんか、チト違う(笑)
極めつけは、矢張りこの方です。

U2とポリスの陰に

その2大バンドの陰に隠れてしまった個性的なバンドも沢山存在するね。

みんなヒット曲はあるけど、存在感がね、チョット足りなかったのかな?
当時、ポリスの対抗馬だったね。
ボーカルの人ってロビン・トローワー似ですね。
演奏力も安定しています。

生き残るって大変なんだね。

Every Breath You Take

アメリカンもブリティッシュも隔たりなく聴きます。

U2と並んで、やはりこのバンドも大好きdeath^^
アンディーが遠近法で映されています^^
でもギターのと比較で身長は解っちゃいますね。
この曲は弾きづらいです。
指が大股開きですね。
この頃、70年代の音楽と80年代の音楽とのコントラストはハッキリとしていましたね。
50年代から80年代まで、音楽は年代ごとの特徴を持っていました。
この頃はイギリスの音楽に勢いがあったね。
このバンドの解散の原因に繋がった曲だね。
名曲出ですね。

Where the Streets Have No Name

僕が大好きなU2

久しぶりに聴いた。

17歳の頃、いつも聞いていた曲

この曲はマストアイテム、
タブレットに入れて仕事中にいつも聴いているよ。
当時、ディレイ無しでcopyしたよ。
パンクとの境界線なんて気にしたこともないね。
BB KINGの存在感が大きいね。
ボノが「BBの爺さん」って敬意を込めて表現してたね。
ブッ飛んだね、年老いたU2に。

Midnight Blues

そういえば総入れ歯、

最近ブログ書いてなかったね。
二回目のアップですが、
前回のものよりこっちのほうが映像が好き^^
せっしゃも今日はminor bluesを弾いていました。

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