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2013年1月

2013年1月30日 (水)

ちくざん

この人です

津軽三味線は昔から好きです。
津軽三味線を世に知らしめた第一人者。
津軽三味線一人旅という伝記は、音楽好きな人にとっても
そうでもないほとにも、一度は読んでもらいたい。(是非)
言葉が、rhythmに乗っている。

ほいと(乞食)をして門付けをして歩いた日々のこと、
耳で全てを感じ取る人の感性、
それらお『自分の隣で』語りかけているように
感じることが出来る。

優しくて、緩急が有り、とんがっていて、自由で、
力強く、こんな音楽には、なかなか出会えない。
そうおもう。

2013年1月28日 (月)

透明

この歌。

限りなく透明に近い(あ、そんな本あったね)
ライブの一発録りです。
奇跡の一曲です。
あれ??おかしいなぁ。。
なんで、しょこたんが?
エヴァ・クラッシディーを貼ってるつもりなんですけど、
何度試してもしょこたんが・・
拙者、齢48にして、しょこたん大好きです♪
あ、できた。

2013年1月27日 (日)

どろぼーに告ぐ

これは、新しい手口なのか?

おい、どろぼー。
お前の手口など俺には明白だ。

おい、どろぼー。
おまえ、
俺の家の玄関のフェンスに
外からチェーンロック掛けたな?
俺が慌てて玄関のドアの鍵を掛けずに
チェーンロックを外しにホームセンターに
駆け込む、とでも思うのか?
馬鹿が。。

人のもの取っては
めよ、
め。
めめっ!!

brow it

ラッパでは、この人なのだ。

拙者は。
はじめて名前を知ったのは
ローリング・ストンーんずの『友を待つ』
というトラックで聴いた、スタッカートの効いたブロウ。
あの一発で、ぶとっびましたのは高一の頃でした。
マイルスもコルトレーンもバードも好きです。
この人の音楽には『歌ココログ』を感じます。
そこが、すきだす。
サキコロから一発、
これでも喰らえ〜〜♪

仮説

どうしたら、こんなに弾けるのだろう?

どういう脳味噌を持っているのだろう?
それが疑問だった。


仮説をたてよう、多分『彼自身がguitar』なのかも知れないね。
JOE PASSを検索していたら
良いものを発見したよ。
メガネ、どこ?どこ?
最後まで聴きたかったな、
エンディングとイントロも欲しかったな。

原田さんの事

以前住んでいた家の、その数軒先に原田さんの家があった。

藁葺き屋根を青いトタンで覆った家に住んでいた。
年齢は70歳前後、独り者、人生に疲れた感じの人だった。
奥さんには逃げられ、古い家に
近所のラーメン屋さんに行くと、いつも昼間から酒を飲んでいた。
話しかけてもいないのに原田さんは心境を伝えてくれる、
「オレ、さみしいんだよ」
「そりゃ淋しいだろうね、でもさ、俺に言わないでくれよ」
今思えば冷たい一言だったな。
ラーメン屋さんで「最近、原田さん来ないね」
と言ったら「死んじゃったよ」って言ってました。

昨日買った『4本の薔薇』
気付けば、殆ど空っぽになっていました。

毎日、欠かさず酒を呑む。
この行為自体が『依存』かも知れない、
症状は無くても、明らかに依存であることには変わらない。

今日から少し、ブレーキをかけよう。
『のみすぎだよ』とブレーキをかける人が
家に居なくなってから、明らかに飲酒の量が増えている。
気を付けなきゃ。
おなじ原田さんだからね。
昨日のことは『左右』不覚です。

2013年1月26日 (土)

泣きのguitar

一度、この沼に嵌った。

追求しすぎたあまりに、演歌に近づいてしまった。
メリー・ジェーンとかを、どっぷりとコーラスをかけて弾いたりしていた。
あまりに「べとー」っとした方向性に行った自分に嫌気がさし、一年間ほど
guitarのブランクを作った。
先日アップした動画ではドリアン・モードで弾いたりしているが(あれ、、反省)
最近、再び、「泣きのguitar」を弾くことが多い。
guitarを持つたびに「哀しみの恋人たち」を必ず一回は弾く。
以前、「鳥肌がたっちゃって、どうしょうもないから辞めてよ〜」と
言われたことがある。
そもそも、10歳の頃、親にguitarをねだった時、泣いて懇願したのだから
筋金入の「泣きのギターリスト」なのかも知れない。
「なあ、こうて。ぎたー、こうてや〜」とね。
12歳の頃、船に乗って新潟市までレコードを買いに行った。
ゲイリー・ムーアのBack On The Streets
ジェフ・ベックのBlow By Blow
この二枚は、当時の大のお気に入り。
ムーアのアルバムの最後に収録されていた「パリの散歩道」
可能なら、動画を見ないで音だけ聴いて欲しかったね(笑)
綺麗な音楽です。鎮静した何かを再燃させるような、
逆撫でするようなguitarです。
細い糸で締め付けられるような感じです。
拙者の深いところを動かす音です。
極めつけは、これかな?
人によっては「もう、止めてくれ!」
と言うかも知れない。
俺は、この「揺れ」が好きなんだ。

血肉踊る

暖かい場所に暮らす人の音楽は、何故かmajorが多い。

俺は、どちらかというと寒いところで生まれ育ったからなのか?
minorなmelodyがシックリくる。
寒い国の音楽が好きですね、、ロシア民謡なども聴きます。
このアレンジ(笑)
このbeatに会いますね。
そして、このsinger、なかなかの音程感です。
最初、口パクかと思いました。
もう少し、vibratoが大人っぽかったら良いな、
などと思いながら聴いています。
それと、
美人ですね♪

2013年1月25日 (金)

何故、大声か?

拙者は、声が大きい。

勿論小さな声もでる。
だが、気付くと大きな声になっている。
拙者は左耳がキキミミである。
仮に、右耳で受話器を持っても、
音声として認識するが、右耳では
言葉をあまり、理解できない。
ただの「音」として、脳に入るらしい。
人の話を聞くときは、その人に左を向きながら
聞く癖がある。
物事を考えるときも、左上を見る癖がある。
僕は人の会話をスグに理解ができない。
人の言葉を、一旦、自分のイメージに置き換える作業をする。
その後に返事を返している。。
右耳から入った言語はイメージに変換することが困難です。
たぶん、右脳と左脳の特性に拠るものだと思いますが。

ところが僕の左耳は突然、大きな耳鳴りが始まる。
耳鳴りは、30歳の頃から48歳の現在まで、ずっと続いています。
最初は会話に困難をきたしました。
それ以降は、あまり人の話を聞かなくなりました。
ふと、我に帰ると、今も嫌な音で鳴っています。
僕は左耳が難聴です、だから自分の声も気付くと大きな声に
なっています。
真剣に人の話を聴こうとするほど、顔の左半分を人に向けます。
この前引用した川柳、
此処にもピッタリ乗っかります。
耳鳴りは
 波間に浮かぶ
  月夜哉

あー、煩い煩い。。

BEST HIT USA

小林克也さんの司会する、この番組を

毎週、心待ちにしていた。
欠かさず見ていました。
当時は、「動く外国人アーティスト」を見るのが困難な時代でした。
この番組の放映が始まった頃、丁度、MTVが放映された頃でした。
拙者も、この番組で観た「動く外国人アーティスト」に大変、感銘を受けました。
それらの動画のなかでも特に印象に残っているモノを、此処に貼ります。
パット・ベネター。
この人は、確か「声帯が二つある」と言われてましたね。
実にパワフルな歌いっぷりです。
ニール・ジェラルドのguitarは、当時、なかなかお目にかかれない
「動く外国人・速弾きプレー」でした。
当時、僕は弟と一緒にテレビに齧り付いて見ていました。
再び、この動画を見れる日が来る等とは、当時全く考えられませんでした。

この動画も忘れられません。
僕がこの動画を17歳でハジメテ見て、
その後、その時の感動を共有できたのは、
27歳になり、同じ会社のお姉さまと話したとき。
決して巧いシンガーではないブルース・スプリングスティーンです。
だが、強烈に伝わってくるものが有りました。

もう一人のレスポーラー

俺が、レスポール使いで、まっ先に浮かぶ名前が、

ゲイリー・リッチラス
ポール・コゾフ
マイク・ブルームフィールド
の三人。
コゾフとブルームフィールドは知名度も有るから、
後回しにして(笑)ゲイリー・リッチラスをご紹介します。
1980年にリリースされたアルバム、「邦題:禁じられた夜」
は大ヒットしましたね。拙者と年代が近い方には懐かしく
思う人もいると思います。
このバンドのギターリストである、リッチラス。
恐ろしく、良いプレーをしていると思います。
たしか、このguitarは’58年のレスポールです。
本人は、一度金に困り、このギターを手放しています。
その後、偶然にも質屋で、そのギターを発見し、
買い戻しています。
と云う記事を読みながら、炬燵でうつ伏せになり、
何度も何ども同じ曲を聴いていたのは、
中三の夏でした。

誰か、ツッコンで。

重複しますが

先日、貼り付けましたが、再度です。

なにも説明無しです。
いいな♪

2013年1月23日 (水)

嘔吐と出廷

ここの友人たちとの会話で

「オレ、今度、自分の人生の谷間について書くから♫」
と言った。
その後、正直云うと「書けない」と思った。
「かけないかも-?」と言った。
だけど書く。約束だ。
以前のSNSでは、ある一面の失脚のみを書いた。
事細かに。

此処では、サラリと書かせていただきたい。
だが、全て書く。

僕は、ばついち。
いちど、失脚を経験している。
11年前、僕は失脚した。
妬みに因む仕事上の失脚、
離婚、
敗訴、
愛人との事。
総資産の権利を全て放棄し、
貰った20万のお金と、
接触を持ってはいけないヒト
から頂いた軽自動車と、
そこから再出発している。

思い上がった奴でした。
誘導尋問のような話し方をする、
人を見下している、
鬼だ。鬼。
そう言われていました。
「お前よりも俺の方が賢い、何か間違っているか?」
そんな会話が有ったと記憶しています。

離婚をしたのは、11年前です。
全ての子供を引き取りました。
独り身の相方を思うと、とても辛いです。
あの頃の写真が手元にあります。
生物か屍か解らないような形相をしています。
自殺を考えたことは一度もありません。
三年で戻ってみせると豪語していました。
陥れた人を憎む事も有りません。
悲劇か喜劇かと問われれば、喜劇です。
今、生きているのですから。
11年前の6月、僕は出廷と嘔吐を繰り返していました。
今、僕には三種類の名刺があります。
僕を批判した人たちには、辞めて戴きました。
僕は、再び、のうのうと生きています。
鬼は、弱る訳にはいかないのです。
子供のため。
別れた人の為にも。
これが、オレです。
露呈しましたね(笑)
以上です!

就寝前にⅡ

寝る前に、どうしても聴きたかった曲です。

広場で話をして和みました。

大好きな曲を聴いて、これからcooldownします。

音楽は、宝物です。

いま、宝の箱をあけました♫

またあした!

2013年1月22日 (火)

疑問

拙者はテレビをあまり見ません。

新聞を読むのも億劫です。
なので、世の中で何が起こっている等の話題には
とても疎いのです。
でも今日は、テレビでアルジェリアの事件のことを知りました。
阿部ちゃんは「日本人が殺害された事」を遺憾に思う。
と言っているようでした。
間違っていけませんか?人が人殺すことが遺憾なのではないのですか?
何故メディアは、殺害された人の兄の泣き顔まで撮るのか?
アルジェリア政府の「正しい」と云う思いが間違った結果をうみました。
人を数でしか考えられなくなる程、文明は病んでいるのかも知れない。
映画「トップガン」のパイロットは敵国の戦闘機を撃ち落として狂喜していた。
君に想像力は無いのか?
撃ち落とされる戦闘機を操縦する男の、家族、生い立ち、幸せ、愛、
それらを想像することすら出来ないのか?
僕には宗教も思想もありません、ただ、
間違っているような気がしただけです。

2013年1月20日 (日)

Studio22

少々マニアックなことを書きます。

僕がよく行く練習スタジオ。
その中のA-Studio。
地下にある、綺麗な部屋だ。
そこには拙者のお気に入りのguitarアンプ
が置いてある。
MesaBoogienoのStudio22というアンプだ。
イコライザー無しのピンスイッチ期の
このアンプは歪まない。
MarkⅢとかに憧れ、このアンプを使用すると、
肩をおとすこと間違いなし(笑)
比較的、fenderアンプに近く、
シャリンとした音が出る。
出力は22ワットと、小さなものなのだが、
これに負荷をかけ、歪ませた音が好きだ。

今日、このスタジオに行ったときは、残念ながら
このアンプは仮死状態でした。
真空管の交換と、オーバーホールが必要
な状況になっていました。
B-Studioマーシャル(JCM-900)も音が出ませんでした。
他の部屋の2000を使いました。(あまり好きではありません)
ビデオを持参し、
「なにか良いのが撮れたらyou-tubeにアップしようか?」
と思い撮っていましたが、そこに写っていたのは、
ノリノリで踊る一人、いや、独りの中年でした。
Kimg0003

バレンタインの思い出(家族の肖像)

正直にいって、あまり記憶に無い。

ただ、拙者、中学生の頃はチョコ・ブローカーだった。
『きみ、ちゃんとチョコレート渡せたの?』
『作ってきたけど、渡せなかった。。』
『そっか、自分で食べるの?』
『捨てちゃうよ。。』
『そんなら、俺が貰ってやる!』
と、こんな手口で『数』は稼いでいた。

去年のことだが
会社の応接室で女子社員様たちが、
チョコレートの仕分けをしていた。
『かわいいね』
と声を掛けると、
『まだ、見ちゃだめ!』
といわれた。
かわいいね。

家族の中で一番沢山のチョコレートを持って帰るのは
俺だ。
いくら、義理と云えどスーパーのビニール袋に
色とりどりのチョコレートを入れ、両手に袋を持ち、
帰宅するときはちょっと誇らしげだ。

1067
この子は、去年、6つのチョコレートを貰ってきた。
クラスの男子でチョコレートを貰ったのは僕だけだった。
と言っていた。
大きくなったっら、二枚目になるかな?


1050
この子も来年は大学生(予定)だ。
この子の『収穫』は、毎年少ない(笑)
だが、『重さ』を基準にすれば、この子の収穫が
一番『重い』。

1238
この子は、わーちゃん♪
お母さん以外から、まだ、
チョコレートを貰ったことが
無いね(笑)

今年もパパは『数』で勝負する!
どんな汚い手を使ってでも
『数』は確保する。
数だけは絶対に、
君たちに負けない(笑)

※みんな、小さい頃の写真を載せています。

1388

これは番外編。
拙者のおとうさんです。(向かって左)
不良ですね(笑)

ANIMA

俺は、エネルギーを沢山消費する。

だから、沢山のエネルギーを必要とする。
大きな音を求める。
俺は存在していると云うことを実感したい。
なにが言いたいのだ?

『ちょっと、スタジオに行ってきます』
と言いたかったのだ(笑)

マーシャルアンプから風が吹くくらいに
大きな音でギターを弾きたい。
憧れとは、日常のすぐ裏側にピッタリと
貼りついている。
俺はロック系のギターリストになりたかった。
音を浴びて来ます。

脱毛の喜び

俺がチビだった頃、憧れだった人たち(の一部)

既に雲の上の人であった
俺にとっての偉人たち。
デビット・ギルモア
ジミー・ペイジ
彼らは今でも現役である。
そして、今でも憧れの存在である。
彼らが30歳のとき、俺は10歳。
彼らのようになることに憧れていた。

そして、今でも憧れの延長にある。
70歳に近い年齢の彼らのようになりたいと
憧れる。
大変、失礼な表現かも知れないが、
実にカッコイイ禿頭である。
俺も早く70歳になって、禿げたい。
禿げ頭とは、生きてきた証である。
無理に若く見せようとする必要などない。
彼らにカツラなど必要ない。。
そうだろ?ブラックモア。
発毛の喜びが存在するなら、
脱毛の喜びも存在する。
発毛だけが喜びではない。
発毛の次に、貴方は、何をしたいのか??

選曲ミス

一つ前のブログ、朝(昼)に相応しくない。

これだ!
一日のはじまりには、これだ。
ビゼーが居た1830年~1870年代、
ロックは既に存在していたことを示す証だ。
爆音で聴け(笑)

AB型

みなさん、おはよ-♪

いま風呂上りです、、また昼寝をしようかと思っています。
唐突ですが、僕はAB型です。
血液型の占い?心理学?
僕は、あれ、当たっていると思います。
4っつのアーキタイプを最初に設定(仮定)
した時点で、
それぞれの血液型の特性を理解した人は、
自然と、その性格を演じるようになっていくからです。
例えば、拙者、AB型ですから、
『ふーん、AB型て、そういう人なんだ』と思えば
自然と、そう振舞うようになってきます。
そういう意味で血液型占いは当たってると云えます。

血液型占いの浸透していない外国に行ったら
この4っつのアーキタイプも全く意味を成さないものになります。
次もまた唐突ですが
拙者は9月11日が誕生日です、
蛇年にゅろにょろ
おとめ座
これら、拙者の性格には全く反映して御座らぬ。
拙者と同じお誕生日の Tommy Roland Shaw

わたくし共々4649。唐突ですが。

就寝前に

今日、ハンサムっていわれたった♪

ぐっすり眠れそうです。
眠るには更に沢山のものを必要とします。
むかしよく聴いていた歌だす。
あれから10年以上たったね。

2013年1月18日 (金)

トイレの神様

このタイトルについて、検討する。

1
俺は会社のトイレにいた。
ようを済ませ周囲を見廻しても、
無いのだ。。
紙が。。
会社のトイレの中から、
携帯電話を使い、
会社に電話を掛けた。
すると、意外な人物が電話にでた。
社長。
『原田、どうした?』
『社長、俺、今、会社のトイレに居るんだけど
紙が無くて出られないんだよ。2〜3ロール
持ってくるように誰かに伝えて貰えないかな?』
社長は受話器を電話機に叩きつけた。
このトイレに誰かが向かってきている。
足音でわかる、怒っている。
社長がトイレのドアの向うで怒鳴る。
「あけろ!!!」
パンツを中程まであげ、ドアを開けたとたん、
「ばか野郎!俺をこんなことに使いやがって!」
罵声と共に投げつけられるトイレットペーパー。
この社長は便秘性である。
社長あてに来客があったとき、俺は
トイレまで社長を呼びに行った事がある。
「しまちゃん、来客だよ。そろそろ出た頃かな?」
ドアの向うで罵声が響く。。
「ばかやろう!!」

2
俺はレストランのトイレにいた。
奥行きがあり、洗面所はトイレと一体になっている。
「随分、広いトイレだ」
用を済ませ、あたりを確認する俺。
無い、またしても、無い。。
当時は携帯電話など、
この世に存在していない時代だ。
対処は必然的にアナログになる。
パンツを途中まであげ(ここ大切)
彼方にあるドアに近づき、
15cm前後、ドアをあけ、
辺を見回す。
皆、食事を楽しんでいる。
(当たり前の光景であるレストランなのだから)
そのドアの隙間から、限られた視野の中で周辺を
見渡し、小声で問いかける。
「す みませーん」
レストランの厨房、レジは、トイレのマ反対にある。
周囲に店員さんが居ない。
レストランは賑わい、向こう側にいる人に
俺の小さな声は聞こえない。
悩む必要など無い、手っ取り早い方法を選択した。
パンツを途中まで上げた男は、やや中腰で、
ドアを開ける。。
男は大きな声で叫ぶ「かみ、ないんですけど!!」
部屋の端から、反対側の恥まで、大きな声は響きわたる。
パンツを途中まであげ、中腰で佇む俺。
憐憫の視線が集中している。
自体が呑み込めない店員に、大きな声をあげた。
「か、紙がねーんだよ!!」

3.
俺は常に考え事で頭がいっぱいだ。
日々の発想は、この考え事から生み出される。
しかし、副産物が多いこともまた事実である。
俺はトイレで座っていた。
辺を見回すと、超合金ロボの箱がある。
わすれものである。
「うわ〜、かっこいい〜」
子供の頃に憧れたが、親に買ってもらえなかった
超合金ロボが俺の目の前にある。
想像はめぐる。
「子供が親にねだって、やっと買ってもらったロボに違いない
これを無くした子は、今頃、落胆しているに違いない」
ここに悪魔が登場する。
「おまえ、欲しいんだろ?もって帰れよ。精算済みだぜ。」
気持ちが揺らいだ。
超合金ロボを小脇に抱える中年の姿を連想した。
「あくま、俺に邪念は不要だ。消え去れ!」
意思を決め、トイレを出ようとした瞬間、
その瞬間に俺は異変に気づいた。
「トイレから女性の声がする。。」
タイルは見事なまでにピンク色に輝いている。
俺は、いま、女子トイレにいる。。。。
トイレに入ってきたときの記憶を手繰り寄せた。
「そういえば、小便器が無かった。。」
レジに差し出そうとしたロボを抱えた中年は立ち竦んでいた。
女子トイレから出てくる「超合金ロボ」を小脇に抱えた中年、
この姿を見たら誰もが変態と言うに違いない。
警察に連行されたら、超合金を抱えた中年は
どう弁明するのだろうか?
俺は、息をこらし、周囲に人の気配がなくなる一瞬の隙を待ち、
その一瞬にトイレから走って逃げた。
ロボは、その場に置き去りにしてきた。
此処で、俺は問う。
トイレに神様な居るのか?
神は紙の事には無関心なのか?

トイレの神様に問う、
何故、俺にこのような試練を与えたのかと。

2013年1月17日 (木)

恐怖のsns

俺はやだね、これ。

と言いつつアカウントは有るんだけどね。
昔、交流があった人に、いとも簡単に会えちゃうでしょ、あれ。
そこも嫌なんです。
2〜30年前、会社関係で可愛がってくれたお姉さんに再開しても
懐かしいね、の次の言葉が思い浮かばないし、
サラっとした言葉でしか向き合えないのが嫌なんですわ。
昔の彼女なんかも、検索すると出るわ出るわ。。
(検索しました、すみません。)
俺、偽名でよかったよ。
あの、サラっとした会話が出来ない、俺。
ツッコンで話さないと気が済まないから。
名刺の所有枚数を競うような、あの感覚がキライ。
ここでよかったよ。

2013年1月15日 (火)

minor

うわー、先を越された。

これをやりたいと思っていた。
でも、良い。
これ、楽しいね。
この発想が好き。

よその子

2013年1月14日 (月)

めたる。

WHITE ZOMBIE

ブラックサバス・トリビュートではじめて聴いたバンド。
この頃、まだパンテラは居なかったような気がする。(?)
こわいよ~、こわいよ~。
ジャーマンメタルでは拙者は、これです。
ヴォーカルは、にこちゃん大魔王です。
ウルフ、かっこいい~。
この曲のエンディング、すぐにメタルハートに繋がりそうです。
繋がりました(笑)
グレン・ティプトンが弾く中間部のソロが大好きです。
KKダウニング、かっこいいね。
さっきまで今井美紀を聴いていた俺は何処に行ったんだ??
ぼくの聴いていたメタルは、概ねこの辺です。
糞味噌聴いていたので、書ききれません。

HM/HRの他にもジャズ、クラッシック、ブルース、宗教音楽、演歌、歌謡曲、動揺(・)
民謡、民族音楽、すべて聴きます。
家にあるCDはものすごい枚数です。
PCのハードは外付けに、20ギガ程度の音楽が詰め込んであります。
のもすごいおんがくばかなのです。

ダンサー

二十歳前後、もうひとつ憧れの職業があった。

それは、ダンサーである。(笑)
拙者、リズム感には少し自信がある。
授業が終わると、二日に一回新宿歌舞伎町のゼノンに
出没し、またはニューヨーク・ニューヨークに出没し、
6時から11時頃の閉店まで、大汗をかいて踊っていた。

週末は、六本木スクエアービルだ。
ここの店は入場料金が高いし、
当時流行していたDCブランドの服を片っ端から
汗まみれにするのも嫌だし、そんな訳で
六本木に行くのは回数を減らしていた。
週末と決めていた。

そこには毎週末に唐沢さんが来て居た。
まだ、売れっ子になるまえで、服のセンスなども
『?-?』な人だった。
あるときは『デスラー総督か?』というような服を着ていた。
当時から、あの人はリズム感がよかったね。
ズット踊ってた。無表情で(笑)
どっちが長く踊ってられるか競ったりしてね。
その頃に好きだった曲です。
当時、拙者は切込み隊長と呼ばれていた。
『哀れな俺たちのために一肌脱いでくれよ~』
アイツらはナンパ目的で来ているのに、
正当な目的で来ている俺に
『なんぱしてくれ』と言うのだ。
『馬鹿野郎!自分で言って来い!しるか、そんなもん』
まー、応えましたけどね。(がはは)
電話番号を聞いても必ず帰りには捨てて帰っていました。
それを、あいつら、拾って、伸ばして、くっつけて(笑)

あの頃の仲間二人はもう、死んじゃった。

壊れかけのロデオ

ラジオを聞いていると、突拍子もなく面白いペンネームに出会うことがある。

この、壊れかけのロデオ、実に良い名前だと思います。
他に、ケイン・おすぎとか。。
まず、名前で大爆笑してしまう。

ラジオに投稿されたもので、お気に入りの話を二つご紹介します。
あれが食べたいと思った。
あれとは、和菓子である。
しかし、全く名前が浮かばない。。
そこで、とりあえず和菓子屋さんに行ってみた。
『あの、あんこを餃子の皮で包んだようなお菓子を買いに着たんですけど。。
名前が浮かびません』
お店の人、暫く考え込んだ後に『あ!わかりましたお客様!オタベですね?!』
それに対し、投稿者は、こう答えたという『いえ。。持ち帰りです。』
暫く、沈黙が続き、そのアトお店の人が閃いたという。
『わかりました!ヤツハシですね??』
投稿者『わたし、高橋です。。』
結局何も買わずに帰ったという。
真偽は兎も角だが、この二段論法、恐れ入った。

二つ目
『僕の母親は未だに僕に赤ちゃんコトバで話します。困っています。』
との内容だった。
薄着で起きてきて朝食に向かったある朝などは
『あーら、たーたん。でめでしょ、そんな薄着じゃ風邪ひいちゃうでしょ。』
大学生になった投稿者はこの母親の言葉遣いに辟易しているとの事だった。
しかし、この投稿者の父親は、母親のコトバに注意してくれたという。
『まま、め。めめよー。。めっ。』
これも意外な展開があって好きな話だ。やはり二度転がされる。
そしてほんわかである。

SLOW LOVE

この曲は、拙者がカラオケで『つかみ』を得るときに使う曲だ。

歌詞には全くグッと来ません。だすけどこの録り方にはグッと来ます。
宮内兄貴はなくなっちゃいましたね。かっこいいギターをゴッアンです。

The Days I Spent With You

布袋さん、何故あの恐ろしい顔からこんな綺麗な曲を。。

prideも、もちろん好きだが、これがいい。
たたみかけるような歌詞にはグッときます。
中間の、曲のイメージからちょっと外れたguitarも良いね。

雪に因む

僕の極楽鳥
ギターリストの名前に因んんでしまった。
外は雪景色です。
子供は雪で遊んでいます。
僕は、相変わらず音楽を聴いています。
このguitarは琴線に触れるわい。
拙者、新潟のの御生まれです。
そこは11月から3月まで、ずっと灰色の世界です。
3月になって、雲の隙間から、
ほんの少し青い空が見えたとき、
ゆきぐにの人は喜びを感じます。
灰色の風景に南国の極楽鳥、
一見、ミスマッチングですが、
冬のなか、僅かに見えた青い空を、
この曲から感じ取ります。

Snowy White - Bird Of Paradise

四露死苦!!

なぜなくの?

カラスのことです。

僕はカラスが大好きです。
大きな嘴、ぴょんぴょんと跳ねながら移動する姿。
人の子のように『ひとりあそび』をする姿。
俺は黒猫もすき、カラスもすき。

俺のオヤジが、小さい動物を好きで、
よく猫を拾ってきてはババーに怒られ、
ステに行かされていた。
『すてる』といっても、家から少し離れたところに
『猫の楽園』を造り、毎日コッソリと餌をあげに行っていた。
そんなジジーと山に行ったときの事。

山村の田んぼの脇にあるハゼ木に、car君はとまっていた。
すばしっこいオヤジは『猫のように、カラスを狙い』奪ってきた。
体長15cmくらいのcar君。
家に着くまで、車の中でcar君は『僕どうなっちゃうの?』と終始
怯えていた。
オヤジもまた怯えていた『早く此処を去ろう。群れが追いかけてくるから』
car君を家にあげ、焼き豆腐をあげたら『おいしー!』と言った。
いいぇ、正確には『濁点を持つ文字を同時に全て発音した』
この子の声は、そんじょそこらのカラスよりも遥かに汚い声をしていた。
テレビを見せたら首を左右交互に振り、コマーシャルを見て
『あもしろい!』と言った。勿論、あの声で。
ブルーミングをすると、ゴミがたくさん出てきた。

行水をさせ、少し綺麗になったcar君は、スグに自分の名前を覚えた。
『carくん』って呼ぶと『ごげぁ-♪』と、すぐに答えるようになった。
名前を呼ぶと喜んでいるのが、すぐにわかる。
ほかで読んだ記事だが、猫を嫌いな飼カラスがいて、
そのカラスが、周囲に猫がいないかを飼い主に確かめると云う。
その方法とは『にゃんこは?』と話し、質問してくるのだそうだ。
カラスは遊ぶし、笑うし、喜ぶし、すぐに好きになってくれる。
多分、カラスには人間の2歳児くらいか、それ以上の知能はあると思う。

人が死ぬとき、カラスの群れが家の周りに集まるでしょ?
不思議な力もあるのかも知れないね。
うちのババーは小さい頃から霊感を持っていたということだ。
carが死ぬとき、その日の夜、今まで見たこともないような
リアルな夢を見たっと言っていた。
car君が『僕、遠いところに行く。今までありがとう。』
と夢で告げた、ということだった。
翌朝、慌ててケージをみると、car君は冷たくなっていた。
ペットが死んだとき、家族の会話が無くなり、
学校に行けなくなるほど落ち込んだものだが、
あの時が、一番悲しかったかも知れない。
カラスって、みんな同じ顔をしてる?
いつも小さいカラスを見つけると『carくん?』
と疑い見つめるが、それ以降、car君に逢った事は
一度もない。

カラスには顔がある。
car君は、この世に一羽しかいなかった。

今は冬

そんなことは分かっている。

春に『枯葉』を聴くこともある。
だから冬に、この曲を聴くことも当然だ。
夏の終を感じたい。
このひと、嫌いです。
でも、
素顔って曲と、
この曲は、好きです。
拙者は、評論家ではありません。
『好き・嫌い』があるだけです。

2013年1月13日 (日)

オカマ野郎

ハードロックのギターリストって、長髪が定番だったんです。当時。

ハードロック一直線の俺は、勿論、あの格好に憧れました。
高校では校則が厳しく、好きな格好をすることが出来ませんでした。
Randyrhoads2
当時の憧れは、この人。
ランディー・ローズです。
高校三年の三学期頃から髪を伸ばしはじめました。
拙者の身長は170+ちょっと、です。
当時の拙者の体重は50㌔を切っていました、
華奢な体型でウエストも65cmくらいしか
無かったんですね。

高校を卒業して、進学し、その一年目の夏には
憧れの髪型になっていました。
だけど、なんか、ちがう。。

電車で痴漢に合う事はしょっちゅう、
デパートのエレベーターで、
バイト先の居酒屋で、
兎に角、あちこちで痴漢に遭遇しました。
しかし、力持ちで、元々低い声の拙者は、
ある時は痴漢のつむじを鷲掴みにし、
外に引きずり出し、
恐ろしい目に遭わせていました。
一度、自由が岡で暴れたとき、
『お、おまえ、、関東陸軍731部隊か?』
と、酔っぱらいのオヤジに聞かれました。

実家に帰っても『あれ?お前んち女いたっけ??』
と、親が他所の人に聞かれるし、
弟も友人に『あれ?おまえ、ねーチャン居たっけ?
紹介してくれ』と、言われてたそうです。

そんなこんなで、長髪にも嫌気がさし、
ロッカーっぽい服装も辞め、
普通の格好をするようになったのは
22歳頃からです。

当時の友人たちは
『俺、お前と友達になって、
『俺、原田の友達なんだぜ』と他の友達に自慢するのが夢だったんだ』
と言っていました。

別れたカミさんに、当時の俺の写真を見せると
必ず『おえ〜っ』と、嘔吐のゼスチャーをしていました。

今日、プロフィールに顔写真を貼りました。
これは、以前のsnsでプロフ写真で使っていたのと同じものです。
現在では、体重も増え、オカマ野郎と言われた頃の面影は有りません。
いま思い起こせば、シャンプーを洗い流す時の仕草が気持ち悪かった
と思います。(笑)
いまは、ふつうのおじさんです。

青とか色々

起きてから寝るまで、ずっと音楽を聴きっぱなし。
今日はブリティッシュ〜フレンチポップスの日みたい。
おれ、少しの米と水と音楽があれば、
うそうそ。。

Eternal holiday

そっか、あしたも休日だったんだね。

よし、きめた。
今日も夜更ししよう。
朝、メザメテ『会社いかなきゃ!』と思った次の瞬間、
『あ、今日、休みか』と気付く、あの瞬間ってイイですよね?
拙者も、休日は好きです。

休日の俺は、ほぼ『無』です。

子供もあまり手が掛からなくなり、
子供も、各々が自分の時間をつくるようになってきました。
俺は、ズット、パソコンの前で音楽を聴いています。
今日もそうでした。
ずっと聞いていると、ギターを弾きたくなります。

これは、いつもの休日の風景です。
うそです。。

アランフェス協奏曲

難しい事は一切ない。

ただ、此処に『好き』が有るだけ。
弦楽器って、聴くと、その『touch』から演奏者が男か女か解る。
と豪語していた時期があるが、
予備知識ナシで聴いたら
この演奏は、『おとこ』と答えるだろう。

村治さんの演奏は、凄く力強い。
ダイナミックスを持った人ですね。

2013年1月12日 (土)

雲の上の人

尊敬する人は誰ですか?と問われても、あんまり居ないんだよね。

小学生の頃に、よく、この質問を投げかけられましたね。
誰の名を挙げたか、さっぱり憶えていません。

でも、今では居ます。
尊敬する人が。
尊敬というか、
興味のある人が。

その人の言葉は、ひとつも聞き逃すことなく、全て聞きます。
その言葉からは、いつもあたらしい発見・発想を見いだせます。
頭脳明晰で、先見の目があり、その読み取り能力は可也、正確なものです。
敏感な触覚を持ち、想像もつかない断面から物事を切り、
その断面に的確な説明を出来る人。
とても優れた戦略家でもあります。

その人とは、○○県界隈の財界人であり、更にその中の中心人物です。
多数の会社を兼任していると同時に、バンドマンでもあります。
下手な政治家よりも遥かに力をもっています。

昨日は、この人に会ってきました。
多くの企業人にとって『雲の上の人』である、この人に直に会え、
会話ができる立場に居ることを、とてもラッキーに思っています。
この人の経営するメインの企業があり、
その関連会社・協力会社の代表の集まりが有りました。
300人くらいの人が集まりました。
昨日はその席に出席していました。
企業内起業から事業を興したその人と、自分がまさに今
企業内起業を興しているといった、その境遇の近さからも
尚更、その人に興味を覚えます。

一昨年、自分のブログに書いた内容で『足がガクガク震えるような仕事』
を取ったと書きましたが、昨年、この困難な案件をクリアーし、その人
の企業に大きな利益を齎すことが出来ました。
昨日は、そんなこともスッカリ忘れ、その雲の上の人と
guitarの話で大いに盛り上がりました。
『俺、今度、ばんどでレッド・チェッペリンやるから』
と笑っていました。
少し、仕事の話もするべきだったかな?と、
少し後悔しました(笑)

2013年1月 9日 (水)

これでもくらえ!

これは、概ね一年くらい前に録った曲です。
原曲はこれです。

その曲を90’当初、jeff beck と rod stewartがcoverしています。
これです。

拙者は、どちらかというと、後者を意識して弾いています。
自由な解釈をしています。
途中で切れていました。再度貼ります。

原田の肉汁

拙者、一番好きな曲というものが明確でありんす。

仮に、拙者に臨終のときがあるとしたら、
最期のときに愛する人に手を取ってもらいたい。
など、あまり考えない。


自分が、無女王、あ、無情になったと感じるとき、
この曲を聴くことにより一発で有情の世界に戻れる。
拙者は、海が懐かしい。
これは、僕が世界で一番好きな曲なんでです。

仮に拙者にも臨終の時が来るとしたなら、
この音楽が欲しい。

そしたら、何度でも蘇生します。(笑)
これでもか!って。

人其々、音楽観って違うけど、
拙者は、こ れ。

海って
切ないね。

拙者の肉を絞ると、この曲が流れます。

2013年1月 7日 (月)

ウィッシュボーン・アッシュ

俺の大好きなギターリストのうちの一人、
ローリー・ワイズフィールド。
このguitarからも、息遣いを聞き取ることが出来る。

後に、マイケル。ルドルフ兄弟がフッライングVを
使用するようになった切欠は、このバンドの
サイドギターリスト、アンディー・パウエルの影響だったと
語っていた。
本国、イギリスで成功を手にした後、
アメリカ進出を目論んで参加させた、
二代目である このアメリカ人ギターリスト、
ローリー・ワイズフィールドは、
以前からのファンに妬みをかった。
俺は、ローリー・ワイズフィールドのギターが好きだ。
いま、何処に居て、どんな活躍をしているのだろう?

2013年1月 6日 (日)

一枚の絵

Haruna_screen_s


このバランスの崩れた一枚の絵。
俺は、モナリザよりも好きだ。

into the deep

子供の頃好きだった曲だ、
ドラマ、『冬の雲』の主題歌。
元々はロシアの軍歌であったものを、
ラブラブソング化しちゃった曲だ。
先程、ネットで確認したら1971年のドラマ
と書いてあった。俺が6才の頃だ。
オレは、このドラマを、おばーちゃんと
見ていた。
おばーちゃんは、俺が5歳の時に他界している。
計算が合わぬ。。


この曲をハジメテ聴いたのは、オヤジの運転する
軽トラックの助手席、冬だった。
一発で心を奪われた。
長谷寺と云う寺に到着し、その途端に
オヤジは車のエンジンを切り、この曲も止まった。
オヤジはこの曲を聴いていなかったのか??
なぜ、こんないい曲を途中で止めるのか、
そう、理解に苦しんだのは4歳の頃。


黒猫のタンゴをいつも歌っていた、
時には母のない子のように、という曲を聴いていた。
『ねえ、お肉ちゃん。お母さん30歳になっちゃった』
と、蔵の隣の雑木林で告げられ、
この曲を思い起こし、泣いた記憶がある。


ブルーライト横浜、
拙者、3歳の頃。
この人が綺麗で、好きで、曲も好きで(ませてました)
この人がテレビに出ると、テレビの後ろに
いしだあゆみさんが、もしいたら、と思い、
いつも確認しては、両親に笑われていた。
この映像には記憶がある。見ていた。気がする。


2歳、
これが限界、これ以上の記憶はない。(音楽に関しては)
可也朧げな記憶しかない。
吹雪の中、おばあちゃんに背負われ、
黒いマントの中にいた。
もしかしたら、少し大きくなってからの記憶かも知れない。
おばあちゃんの背中を思い出すと、この曲が連動する。
だから、その時の記憶かもしれない。

家の縁側からゴロンと落ちて、額を割った。
あとから確認したら俺は当時一歳だった。
着物を着ていた、藁葺きの家に住んでいた。
綺麗な薄緑色の紅茶の空き缶を持っていた。


その他は、すべて茶色だった。

共存

世界の人口が70億であるとする。

これに対し、ゴキブリの人口は(・)
一兆五千億とも謂われる。
人間一人が2140匹のゴキ君を
扶養している計算になる。
というのは嘘で、多くのゴキ君は
熱帯の森林に生息している。
実は、寒いところが苦手な虫君なのです。


然し、そこは、 流石3億8千万年を生き抜いてきた
事実上の地球の支配者である。
僅か2500万年前に後出で現れた人類などとは
所詮、生命力が違う。
人間の作り出す住空間は、ゴキ君にとっても
快適な場所なのだ。
本来、寒い季節や寒い場所にゴキ君が
現れることは無いのだが、家、というものが
ゴキにとっても、同じく『家』にいなっているのである。
悲願のマイホームを30年ローンで手に入れた、あなた。
じつは新居にて、ゴキ君も扶養しているのです。
ゲジゲジ、ムカデのような嫌悪感のある姿をしている訳でなく。
また、毒性をもった虫でもなく。
どちらかと言えば、光沢のある姿形が整っている昆虫である。
下水道からやって来るから不潔といえば確かに一理あるが、
清潔なムシって居ないでしょ(笑)


それならば、ゴキブリに肖り、一つ商売でもしてみるかと
大会社を立ち上げる殺虫剤メーカー。
あっぱれである。
人類が繁栄している以上、絶対に減ることのない
ゴキ君をプロパガンダにより『仮想的虫』に仕立て上げ、
ごきぶりはこわいぞ、やっつけちゃ的マーシャルを
ガンガンながし、民衆の恐怖を煽り、利益を生み出す殺虫剤メーカー。
御社は実質的地球支配者と見事に共存し、大気中に毒をブチ撒いている。
環境に適応し、見事に生き抜いてきたゴキ君。
利便性を求めるあまり、環境をも壊しかねない人類。
どちらが利口でしょう?
人が用いる尺度で比べたら人間の方が優秀って
事になるが、『知』って生き抜くためのものであるとしたら
ゴキ君の勝利ということになる。
必要以上にゴキ君を怖がる必要は無い。
共存しいる以上は、ゴキ君に慣れよう。
例えば、家の壁紙をゴキ君の絵で、
ビッシリと埋め尽くすとか。
そうやって、徐々にゴキ君に慣れていく、
とかね。(笑)

え??俺?
そんなことしない。。
だって、ゴキブリ以下だもん。

2013年1月 5日 (土)

live at last

我が家の押入れの中に眠っている一本のguitar。

2000年の二月。この時をもって、このギターは引退した。
また、この時のライブが、現時点での俺の最後のライブになっている。
それ以来殆ど会っていないが、俺にはguitarの師匠がいる。

『原田さん、guitar弾いてるよね?ワタシ、ギターのサークル
に参加してるの。原田さんも一緒にサークルに参加してくれると
嬉しいな。』
『わかった、いいよ。』
会社の事務員様のお誘いを受け、週末は、このサークルに顔を
出すことにした。
先生が一人、受講者が30人前後。みんな『超初心者』の
年輩の方が大半を占めていた。


『はい、それでは、、チョウチョを弾きますよ。わたしのピアノに合わせて
単音で一緒に弾きましょう。』


楽しかった♪
一時間でも多くギターに触れていられるし、
ギターを持った人たちの中にいられるし。
事務員様は心配していた様子だ。
『こんなレベルです。誘っちゃってゴメン。』
『ははは、、気にしてない、楽しんでるよ。誘ってくれてありがとう。』
『じゃ、来週からも来てくれる?』
それから毎週、週末が楽しくなった。
師匠は気づいていた。
『君、弾けるんだろ?』
大舞台を何度も踏んだ師匠は、すぐに分かったと言っていた。
『はい、ひけます。』
『初心者の中で楽しいか?君のレベルじゃないだろ?』
『楽しいです♪一時間でも多くギターに触れていられるし、
ギターを持った人たちの中にいられるし』
『そっか、良かった。君、俺とバンドを組もう。
俺がドラムを担当する。君はリードギターだ。メンバーは俺が揃える』


翌週から、いつもの練習の他に、師匠のスタジオに行ってsessionを
楽しんでいた。師匠は何かを感じた様子だった。
『うん、ライブやろう。』
準備には一ヶ月もなかった。
年末のレコード大賞などの番組で、ホンバン一週間前に
電話帳以上の厚みの譜面を渡され、戦ってきた師匠にとっては
一ヶ月など『時間が足りないなどの範疇ではない』との事だった。


家に数本あるguitarの中で、ライブで、どれを使うかは決めていた。
中学生の頃、友人が俺に託した4万5千円のフレッシャーの
レスポールだ。
『原田、俺の家に来い。良いもの見せてやる。』
自転車に乗り、オレは奴の家に行った。
『俺、guitar買ったんだ♪ズット秘密練習をしていたけど、、ダメみたいだ。
このguitarは永遠にお前に貸す。このguitarで、みんなの前で、カッコいいのを
弾いてくれ。』
自殺してしまった親友から生前に託された、このguitar。
遺言とも言える言葉を守り、その後、人の前で弾くのはこのguitar
と決めていた。
もっと高いギターは沢山持っている。
だが、奴に託されたguitarは皆の前でカッコいいのを弾くときに
必ず使用していた。


ライブ当日、機材を運び込んだときは、腕と腰の筋肉がチギレルカと
思うほど重かった。

場所は、近所にある、大きなハコ(ライブスペース)主にジャズのライブで使用する、
ライブハウスで、二階席がある程のスペースだ。
師匠の呼びかけで、当日は100人に近い人が集まったと思う。
俺も、仲間を誘った。
会社の事務員様たちも、綺麗な服を着て応援に駆けつけてくれた。

大勢の人の前で、師匠の奥様がマイクを取る。
『guitarの人は原田さんです、ハヤビキに注目してください!』
『え??ハヤビキ??そういう設定でしたっけ?』
後ろのドラムに座る師匠は、笑いながら首を縦に振った。

シチュエーションは整った。
ドラム、ベース、サイドギター、リードギターの編成の
このセッションバンド、本番当日に言い渡されたこの言葉を
『あんたが主役』と受け取った(笑)
大勢の前に立つとき、緊張は必要だ。
この緊張が『普段は無いもの』を引き出してくれることがある。

シチュエーションは整った。


師匠のカウントで気持ちが切り替わり、腕が痛いなどの
感覚も既に忘れ去っていた。
無我夢中だった、演奏の間『楽しい、、楽しいと、何度も感じた。』
全ての演奏が終わり、いきを切らして席に付くとき、
いろんな人とhigh touchを交わした。
事務員様たちが、笑いながらピョンピョンと跳ねている。
『はらだ!かっこいいー!もっと聴きたい!』※自分で言っちゃった。。

その事務員様が連れてきた人は、後にアメリカにわたり、
ワーナーの重役と結婚し、重役の友人であるアラン・ホールズワース
と家族ぐるみの付き合いをしているらしい。
だから、
オレは、
会社の
仕事仲間の
親友の
旦那の
親友の
アラン・ホールズワースとは
他人ではない、ということなのだ(笑)
※旧j-guitar sns の皆様、此処で同じ話題を書いています(笑)

録音したテープも持っていないし、映像を確認することも出来ないのだが、
オレは、あのライブが過去一番の出来だったと思っている。
そのときに使ったguitarは『下衆ポール』と命名している。
あれ以来、ズット押入れの中でスタンバイをしている。


此処で『時間とお金と、どっぢが大事?』と○×オヤジに問われた。


ハッキリ言おう
どっちも大事(笑)
聞いたか?クロノス。

今年は、師匠に年賀状を書こう、今から。。

昔を想ふ時

ふと気づいたら48歳になっていた、

先日まで17歳だったのに。。
何処で玉手箱を開けてしまったのだろう?
俺が生まれる以前の時代に憧れを抱く事もある。
暗くて、不潔で、いい加減だった、あのころ。
子供の頃、毎年、レコード大賞を楽しみにしていた。
容易に、あの頃へと戻れるようになった今、
あの頃への恩恵がよみがえる。
とても遠くに感じるのは何故だろう?

夢二に会いたいと思うのは何故だ?
あんたの時代に俺を連れていってくれ。
時代が変わっていくのを悲しく思う時がある。
たぶん、それは自分が歳をとってきたからなのだと、
自分を慰める。

此処に留まっていたいと思うときがある。

2013年1月 4日 (金)

alone again

なんか、冷蔵庫の中が閑散としてきた。

大晦日に食べ物を大量に買い込み、
冷蔵庫の蓋を紙面るのが大変だったのに、
見事に食べ尽くした。
もう、コンセントを抜いも良いってくらいに。
alone again without you 酢蛸が居なくなって、、、

今日も良い天気

多くのひ人が居るわりに静かな室内。
そこで順番を待つ人は、共通の目的を持っている。

列の後ろ側にいた俺に話し掛ける人がいた。
『あの、この列って、失効手続きの列ですよね?』
大きな目をした彼女は、俺の目のんで、ずっと奥を見ている。
『そうだよ、失効の列だね。切らせちゃったの?』
『うん。私が用意した書類が足りてるか確認したいの。』

『じゃあね。』
『うん。』
『住民票持ってきた?』
『え~』困惑する彼女。

『保険証は持ってきた?』

『え~?、ない!とうしよう?』
静かに列に並ぶ人達の視線が、声の大きな二人に集まる。
『わたしの書類、見てくれる?』
『いいよ。』

『あのね、君。個人情報まるみえだよ』
『うん。いい。。』

その葉書には1月4日が有効期限と書いてある。今日だ。
『あの、君、失効してないね。書類も足りてるよ。』

『なんだ、ビックリしちゃった~』
床にしゃがみこみ、顔を赤らめて笑う、大きな目をした女性。
『びっくりさせないでよ~』
バシッ
見知らぬ女性から、左腕を叩かれる俺。

少しの会話のあいだに、アナウンスが流れた。
『こちらの列は、有効期限内の免許更新手続きの列です。失効手続きの方は2階の受付になります。』

『ねぇ、俺、並ぶところを間違えてたみたい。』
この大声の二人の会話に、周囲が、どっと笑った。
『列に並ぶ皆様、不安にしてごめんなさい。私、おっちょこちょいなんです。』
みんなが笑ってる、お日さまも笑ってる。


『ありがとう(笑)』

『ごめんね(笑)』


この人と、また何処かで逢うような気がした。

今日も良い天気。


2013年1月 3日 (木)

雪中花

腹減った〜、蕎麦たべよ。
あ!
この曲、懐かしいと思う人は、同じ雑誌かっていましたね(笑)
7年くらい前に録音した曲です。
まー、聴きながら、味噌汁でも吹き出して頂ければ
と思いまして。。
腹減った〜、買い物に行こう♪

ひるねのすすめ

おはよう♪皆の衆。
これは拙者の19年昔にトッタ曲です。
ハードロックを録音していて、
疲れを感じ、息抜きで録音したものです。

それではみなさま、三が日の最終日、
貴重な今日を昼寝に費やしましょう。
肩の力が、すう〜っと、かるう〜くなってみました。
ふか〜い、ふか〜いところに、あなたは、
すう〜っと、、、、

オレは今から大掃除だけどね!!
昼寝なんかしないけどね!!
じゃあ!!(笑)

2013年1月 2日 (水)

原田の  どーが

いや~、画像悪いですね~。
今日の午後の出来事でゴザンス。
ビデオを回しながら弾いていました。
嗚呼、自己嫌悪。
今年もだ。
でもアップしました♪
ぶちっ。。

ちょっとだけよ

この、おっさん。うまい。

俺も弾きたい!

けど、39℃の熱がある子が居る。
よって、今日も我慢。
あ!ミニアンプがある。
暫し、アナザー・ワールドに突入。
ちょっとだけよ。

『だって!にんげんだもの!!!』

拙者は、政治・経済に疎い。

出身がマロンチストなもんで、、
おまけに、結構多忙な日々を送っていて、
新聞=たまってる。
テレビ=きらい。
などの条件も揃っている。
然し、自分なりの考えは一応持っている。一応。
触れたくもない話題なのだが、民主党がズッコケ、
自民党が笑い、元に戻った。
景気回復といってもね、元に戻るだけだよ。
『回復』だもん。
ともあれ、上り調子のときは上昇を感じ取ることができる。
では、それは安定するのだろうか?NOです。
景気って循環があります。昔はそのサイクルが
ゆっくりだったんですね。
今は大きな波が無い代わりに循環が早くなってきています。
拡張局面の今のうちに、後退局面のことも考えていなければなりません。
拡張局面は、すぐに終わります。
まあでも民主政権が存続していたら、
デフレスパイラルを招いていたかも知れないし、
それに比べりゃちょっと好転ではあるが。

話を変えて、もうひとつ、苦手分野のことを書く。

おとなりさんの事等に関して言えば、
ちょくちょく海水浴に来るのは、実は海産資源とか、
おさかなが欲しいのではなくて、本心は、
日本海に空母を配置したいんでしょ?
ロシアから大量に武器を輸入してるでしょ?
結局、国際情勢についても『核の傘』の時代が
一番、安定していたんだ。
当時は子供ながらにヒヤヒヤものだったが、
あれはあれで絶妙なバランスを保っていた。
振り返ってみればね。
おとなりさんが、アメリカと再び、核の傘を
作ろうとしている。
おっさんあほか、といいたい。
他方のお隣さんにはシビリアンコントロールは存在しないしね。

平和って、観念上の仮定で実際には無いもの
と考えるのが分かりやすいのかも。
権利って観念が無いと社会が成り立たないのと同じで。
アメリカが銃の所有を規制したら、凄いことになると思うよ。
今まで護身用としていた物が無くなるんだから。
替わりに、別の組織が力をつけるんだから。
武器の放棄なんて絵空事でしょ?
旧ソ連の崩壊は、世界に平和を齎したかな?
では、再び傘を作っちゃえばいいじゃん。
↑おっさんあほかの世界である。

あの傘は、『出来ちゃった傘』なの。(なぜ、おねえコトバ?)
作為的に作ったらバランスが崩れるの。
わかる?大国さん。
いったん武器を手にした国の経済力が下降したとき、
国家が力を失ったとき、はちゃめちゃは起こりうる。


思想が自由を持ち、権利という観念がうまれ、仮定の
上で社会は存在する。軍事はそこに乗っかる。
もうこれは社会の病理というか、文明の病理というか
コトバの病理というかね。
解決できないと思うんだ。


『だって!!にんげんだもの!!!』
結局、これが言いたかった。

まー精々、住宅ローンの元本を今のうちにドカッと返済しとくか。
って、結局、そんなところ。

望郷の歌

中二の頃、音楽の時間に班ごとに分かれてアンサンブルをしろ。

アレンジ・選曲は自由だ。
という指令を受け、人前でギターを弾いたのは、
この時が初めてだった。
10歳の頃からギターを弾いていた。
妄想を抱くほどに、この楽器に憧れを持てた。
夜が長いと、いろいろと思い出すことも多い。
今日は何故か、子供のころを回想することの多い一日でした。

故郷は波間に浮かぶ、月夜哉(引用)
静かな夜って、波の無い海って、
普段は映らないものを映してくれます。

ギター、チェロ、バイオリン等、弦楽器は大好きだ。

音程に自由があるし、強弱のつけかたに
個性も出る。
弦楽器には、直接弦に触れる楽器の難しさ
が有るが、のりこなしてしまえば、これほどの
表現力を持った楽器も無いのだと思う。
 
もう、からだの孔が全て開く感じ。


拙者、ピアノには挫折しているのだ。
一度『弾ける』とそろそろ言っても良いかも?
といったところまで、自分なりに弾いていた。
二歳年下のピアニスト脂肪(あ)が椅子を軋ませながら弾く
テンペストに聴き入っていた。
長男の弾く月光もなかなか良かった。
ガサツな奴が繊細なタッチを持っていることに
びっくりした。
いま、全身が鳥肌で覆われている。
羽を全て毟り取られた鶏のようだ。

こんな時間を与えられたのは、何時間ぶりか(?)
今日は夜更かしをしよう。

ブレス

はらほろひりはれ。

平原綾香さんの歌が好きなのは、
あの、ブレスが好きだからだ。
芥川のやっさんが、音楽は無音部分を聴くものだ
と言っていたが、それでは、真っ白な水墨画が好きか?
の問いに答えていただきたい。
それは冗談です。
ブレスが好き、というか、息遣いが聞こえる。
呼吸を感じる点が好きと云うことなのです。
半ば、エロい事も考えながら聴いています。
楽器の演奏にも、ブレスを感じることがあります。
レイボーンのLITTLE WINGから、
それを感じ取ることが出来ます。
または、レッド・チェッペリン(打てない)
の貴方を愛し続けてでの、ボーナムの
キックから、それを感じ取ることもあります。
掠れた音から息吹みたいなもの、
または、直ぐ傍にいるような臨場感を
感じます。
楽器も呼吸するんだね、
だって、人が奏でているんだもん。
嗚呼、あいだみつを を引用したい(笑)

2013年1月 1日 (火)

読書と私

と、書いておきながら、まったく読みません。

どのくらい読まないかと云うと、一昨年買った
ギターの教則本を3年間掛けて読むくらいの
スピード。読破に、あと一年かかります。習得
には更に5年要します。
現在ではこのようなペースの読書量です。
これでも子供の頃は本が好きで(本しかなかった)
物理が好きだったので、いつも家にある同じ本を読んでいました。
ブルーバックスから出版されている『ブラックホール』
宇宙とか星が好きで、星の一生について知ったとき、
ブラックホールの存在を知り(当時はまだ、実証(観測)
されていなかった、理論上の存在だった)
想像を巡らせていた。
事象の境界線を表すシュバルツシルト半径、
この中で起こりうる事を想像していた。
気の遠くなるような、まさに天文学的数字。
これに憧れていた。
当時はまだ、ハップル宇宙望遠鏡もなく、
ダークマターの観念も無かった。
俺のレベルは、背景反射で頭がいっぱいに
なる程度だった。
その後、素粒子力学が発達した頃は、別なもの
に興味が移り、宇宙物理からは遠ざかってしまった。
ここ数年、つくば市に行く機会が増え、大学関係者
と交流を持つ機会にも恵まれ、素粒子の研究者と
接点を持つこともある。
『この街の地下に重力加速機があるんだね!
いい仕事に就いてますね。』こればかりは、羨ましい。

カッシ0°分子活動が無くなる絶対零度。

『先生、マイナス温度の限界って何度ですか?』
同級生のこの質問が、俺のその後の人生に
どれだけ左右するかを知る由も無かった。
『マイナス温度にも限界はありません』
『うそだ!そんなことも知らないのか?』
-273.15が絶対零度だ(今ではいろいろあるが)、
小学三年生の俺だって知っている。
先生は、先生になったら勉強しないのか?
この生意気な小学生は、後に、保健室で担任の先生と
保健の先生から、保健室でリンチを受けることになる。
この事は友人も、親も知らない。
この後、同級生からは嘘つきと云われ、先生からは馬鹿といわれていた。
小学3-4年生の間、そろばん塾のお金を盗み
街のものを壊し、車を壊し、車を運転し、自転車を盗み、
壊し、家の金を盗み、授業中にお巡りさんに呼ばれ、
学校では静かだったが、劣等感という見えない存在と
戦っていた。大人にも勝てなかった。
あのときから、先生が小さく見えるようになった。
『僕のお母さん、頭が良いんです』
『嘘です、あなたの様な頭の悪い子の親が利口だなんて
有り得ません。あなたが馬鹿であることは、親も馬鹿だと
云うことです』この会話が何度交わされたことか。
音楽の時間、ピアノの下に潜み、先生のスカートの中を
見ていた。次々に友人を(こっそり)ピアノの下に呼び寄せ、
先生のパンツは、おでんの具であることを教えた。
計算力も暗記力にも自信が有った、(その気になれば)
計算も速かったし、予習をすればそのセクションを一回で
暗記することも出来た。『お昼の放送』で読み上げる国語の教科書。
自分に当てえられた範囲以外の部分も、友人が読み上げる部分も、
一度聞けば暗記できた。
友人がそのことを先生に告げても、『そうですか』以上のコトバは無かった。
その後、この『馬鹿』とおいう劣等感とは長い付き合いになる。
小学生を卒業したアトもまだ、本を(好きな本に限る)一冊、
暗記することが出来た。


当時、母親が『読んではいけませんリスト』に入れていた太宰治の
小説を隠れて読んでいた。『思い出』を読み、同じ人間だと思えた。
暗記した本とは『人間失格』のこと。俺が太宰を読んでいた事、
友人にも内緒にしていた。
だーさんは、俺の読書への切欠を再び与えてくれた。
その後、だーさんから抜け出し、周囲が見え始めたのは、
ずっと後になってからの事。
シュリーマン、古代への情熱(の前半)
イザヤ・ベンダンサン、ユダヤ人と日本人
ジグモント・フロイト、精神分析入門
ユング、ミンコフスキー、シュタイナー、
寺山修二、吉本隆明、谷崎潤一郎など、
古典をいつも読んでいた。
後に古典と呼ばれるようになるものは、
残るべき完成度を持っている。
年間、200冊読んでいた時期もある。
いつも言っている事だが、風景が見える作品がすき。
先に小説があり、それを映画化したものは、なるべく
見ないように心がけている。自分が思い浮かべた風景
と違うから。

ボリス・パステルナークは、出来れば最初に小説を読みたかった。
最後の読書も覚えている、当時出たばっかりの頃に読んだ
『サヨナライツカ』。
この本を機に俺は読書から離れた。もういらないと思った。
それに、もう俺には劣等感は無い。本という存在があったからだ。

『お子さんの能力、伸ばしてあげてくださいね。この子はね。。』
的確な視点から我が子を見てくれた先生、ありがとう。
後任の先生へ、『あなたは特別な環境に居るのだから、特別な
努力が必要です、さもないとあなたは駄目な子になります。』と
いう忠告、ありがとう。
先生、イツカハナシマショウ。
子供がどのようにして劣等感を持ちはじめるかについて、
そして劣等感とは、その後の人生にどのように影響してくるかを。

お年賀

今年一年も、良き一年でありますように。

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